常に先を見ながら変化に 対応してきた会計事務所

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村上孝夫税理士事務所  税理士
村上孝夫 先生
東京都葛飾区金町6-4-1

村上孝夫先生は、お父さまが戦前から計理士として、ご活躍されてきた非常に歴史のある事務所の二代目です。学生時代からお父さまの事務所の手伝いをしており、小さいころから税理士という仕事に触れてきました。税理士になってからは機械化を進めるなど、時代に合わせて積極的 に変化してきた村上先生にお話をお伺いいたしました。

村上先生はお父さまの代から続く二代目ですが、お父さまの影響で税理士になられたのでしょうか?

村上先生

もう戦前の話になりますが、当時は税理士という資格はまだなく、父は計理士という仕事をしていました。小さい頃にみた、計理士として働く父の姿を今でも覚えています。戦後に、シャウプ勧告により税理士制度ができて、父は税理士になりました。私は、中学生ぐらいから手伝っていましたが、学生の時に父から「今は戦後で混沌としているが、やがて犯罪や脱税も減り、世の中が安定してくれば、早稲田大学の教授という看板を背負って仕事をすれば繁盛するよ」と言われ、何も疑いもせずに早稲田大学に進学して、大学院までいきました。

お父さまは、初めは大学教授を薦められたのですね

村上先生

そうですね。ただ、当時は大学教授として独り立ちできるのがどんなに早くても35歳ぐらいからと分かりまして、そんな年齢まで親に迷惑はかけたくなかったので、修士課程まで進みましたが、父親を説得して、就職をすることにしました。 就職先を探す時も父に「就職するのであれば、できるだけ広い世界を見ることができる仕事にしなさい」と言われ、証券会社に就職しました。それから5年ぐらいお世話になりましたが、父の会計事務所を手伝っていた叔父が他の仕事を始めることになり、私が手伝うことになりました。昭和40年の話です。そこから税理士の資格を取るために勉強をして、昭和45年に税理士登録をしました。

その当時にしては珍しく、機械化にさっそく取り組まれたそうですね

村上先生

父の仕事を学生の頃から手伝っていて、当時からずっと感じていたのですが、帳簿に同じようなことを何回も書きます。これがとにかく面倒だと思いました。そのため、機械を導入して、この同じ作業を減らしたいと思っていました。税理士登録した翌年の昭和46年にさっそく導入しましたが、当時のものは機械といっても今のパソコンとは違い、比べものにならないほどの性能でしたけどね(笑)。少しずつ改善されてきました。

税理士になられた当時と今を比べて何か業界の変化は感じますか?

村上先生

基本的なものは変わらないと思います。手書きが機械化されただけだと思います。父から昭和25年頃に言われたのが、「簿記というのは借方と貸方とシンプルに言っているが、これは既に完成された技術だ。だから簿記会計のシステムは変化しない。ただし、制度は変化するよ」と。その通りだと思っています。制度は大きく変化しています。ただ、基本部分は手書きで作成していた申告書が機械になり、スピードと正確性が付いたぐらいの変化だと思っています。

なるほど。業務スピードはどれぐらい速くなったと感じますか?

村上先生

正確に時間を計ったことはないけれども、一つの申告書を作る時間で考えると30倍ぐらい速くなったと感じます。もちろん何年もかけて機械が少しずつ改良されて、今に至るわけですが、それぐらい時間は短縮できていると思います。とても楽になりましたね。

実務情報は日頃からどのように収集されていますか?

村上先生

税理士会のオンデマンド研修やレガシィのCDをよく聴いています。例えば、税制改正などの最新情報などはいきなり読むと頭に入らないので、一度CDを聴いてから読んでいます。また、いきなり読んでしまうと、どこがポイントなのかが分かりにくいです。講演だと内容に強弱がありますから、ポイントが分かりやすいので注意するところを把握できます。

職員さんの勉強会はどうされていますか?

村上先生

毎日の朝礼でレガシィの商品を使って研修しています。途中職員が分からないところがあったりしますので、そのよう な時は、ホワイトボード等を使って、私がその都度説明をしています。あとは、例えば、緊急性があるものに関しては、資料を職員に回したりして情報の共有を行っています。

最後に、今後の事務所の目標をお聞かせください

村上先生

5年後までには、基本的には帳簿作業などをすべて自動化していきたいと思っています。今後は、その機械化で作成した帳簿等を活用して、どのような対応をお客さまにするのか。これが大切になってくると思い対応法や新しい取り組みを事務所を挙げて検討している最中で す。